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2025年04月23日
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父帰る3
2011年05月09日
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かろうじて駒の動かし方は知っている、そんな程度だった一騎とは、さすがに違った。
一騎は分かっていなかっただろうが、大変な差があった盤面は史彦の手によって、いまや互角に持ち直している。
わずかに眉を寄せ真剣に考え込む総士は、一騎を前にしていたときとはまた別の緊張を感じていた。
「将棋というやつは」
一方、史彦は気楽な様子だ。
「指していると性格が出る。なかなか面白いものだ」
そういう意味ではチェスも同じだ、と総士は思う。けれどチェスでは、盤上から排した駒が生き返ることはない。
史彦に取っていかれた自分の駒が、意外な場所で生かされるのを見て「やはりこの人は」と、なにか重いものをかぶせられたような気持ちになった。
「君には…申し訳ないと思っている。あまりに早く大人の世界に引きずり込んでしまった」
唐突に。
まるで全部見えているかのような史彦の言葉に、総士は一瞬息をのむ。
「…いえ。早いか遅いかというだけのことです」
大人の事情と世界の状況に、放り込まれて溺れそうになった。必死でもがいていただけで、今も自分が大人になれたとは思っていない。
到底、かなわない。
「君はそう言うだろうとは、思っていたが。言わずにすませたくなかったんだ、俺が」
こういうところも。策士なのか、愚直なのか。
「確かに…性格が出ているのでしょうね」
「ん?」
「将棋です」
会話の合間にも局面は進み、どうも詰んでいた。
「僕は、してやられたんでしょうか」
「深読みのしすぎだ」ははは、と史彦が笑う。
ムッとしたのが顔に出たのだろうか、史彦は片方だけ眉を上げて「もう一局いくか?」と総士に言った。
気負ったら相手の思うツボだと、なるべく平静を保とうしていた二局目。
またしても唐突に投げられた言葉は、五手先まで描いていた総士の頭の中を真っ白にショートさせた。
「それで君は、一騎のことをどう思っている?」
「………」
「長考か」
答えない、答えられない総士に史彦が苦笑いを浮かべる。その顔を無表情に見つめながら考えた。
知られている。そのことにまず動揺した。なぜ?
ああ、見られていたのだっけ、と思い至る。だがおそらくもっと前から気付かれていたような気がする。いったいいつから。
それはともかく、この場をどう切り抜ければ?
これも撹乱だろうかと思いつつ、将棋の始めの一手のように、総士はやっと無難に答えた。
「大切な友人です」
「本当にそれだけかね」
切り返しが早すぎる。ため息をついて、肩の力を抜いた。
「僕に駆け引きをさせるつもりですか」
「いや?ただ知っておきたいだけだ。言いたくなければ強要はしないが」
無論、一騎には言わない、と史彦はグッと顎を引く。
信じない理由はない。ただ、こんなことを言う必要性も感じない。けれど。
「…正直に言えば」
吐き出すような総士の言葉に、史彦が目を上げる。
苦しかった。多分、それだけ。
「早く誰かと結婚してくれればいいと思います。誰でもいい…一騎が安心して過ごせる相手なら」
一刻も早く。手の届かないところに行ってしまえばいい。
「ふむ…それで君は?」
「そんなことまで気が回りません」
「そ、うか」
虚をつかれたような顔をして、しかしすぐ表情を引き締めた史彦が「…いかん」と盤面を覗き込む。
「してやられたのはこちらか」
むう、と唸る史彦を見て、少しだけ溜飲が下がる気がした。
聞かれた時は軽いパニックになったが、答えた言葉はいつも考えていたことだ。
繰り返し、繰り返し何度も。答えを聞かされた史彦より、よほど冷静だった。
「総士くん。どうせこいつは朝まで起きん。うちで朝飯を食ってから帰りなさい」
「…意外と負けず嫌いなんですね」
「意外ではないが、君もな」
健やかに寝息をたてる一騎の横に、気絶するように司令と戦闘指揮官が倒れ込んだのは夜が明ける少し前のことだった。
かろうじて駒の動かし方は知っている、そんな程度だった一騎とは、さすがに違った。
一騎は分かっていなかっただろうが、大変な差があった盤面は史彦の手によって、いまや互角に持ち直している。
わずかに眉を寄せ真剣に考え込む総士は、一騎を前にしていたときとはまた別の緊張を感じていた。
「将棋というやつは」
一方、史彦は気楽な様子だ。
「指していると性格が出る。なかなか面白いものだ」
そういう意味ではチェスも同じだ、と総士は思う。けれどチェスでは、盤上から排した駒が生き返ることはない。
史彦に取っていかれた自分の駒が、意外な場所で生かされるのを見て「やはりこの人は」と、なにか重いものをかぶせられたような気持ちになった。
「君には…申し訳ないと思っている。あまりに早く大人の世界に引きずり込んでしまった」
唐突に。
まるで全部見えているかのような史彦の言葉に、総士は一瞬息をのむ。
「…いえ。早いか遅いかというだけのことです」
大人の事情と世界の状況に、放り込まれて溺れそうになった。必死でもがいていただけで、今も自分が大人になれたとは思っていない。
到底、かなわない。
「君はそう言うだろうとは、思っていたが。言わずにすませたくなかったんだ、俺が」
こういうところも。策士なのか、愚直なのか。
「確かに…性格が出ているのでしょうね」
「ん?」
「将棋です」
会話の合間にも局面は進み、どうも詰んでいた。
「僕は、してやられたんでしょうか」
「深読みのしすぎだ」ははは、と史彦が笑う。
ムッとしたのが顔に出たのだろうか、史彦は片方だけ眉を上げて「もう一局いくか?」と総士に言った。
気負ったら相手の思うツボだと、なるべく平静を保とうしていた二局目。
またしても唐突に投げられた言葉は、五手先まで描いていた総士の頭の中を真っ白にショートさせた。
「それで君は、一騎のことをどう思っている?」
「………」
「長考か」
答えない、答えられない総士に史彦が苦笑いを浮かべる。その顔を無表情に見つめながら考えた。
知られている。そのことにまず動揺した。なぜ?
ああ、見られていたのだっけ、と思い至る。だがおそらくもっと前から気付かれていたような気がする。いったいいつから。
それはともかく、この場をどう切り抜ければ?
これも撹乱だろうかと思いつつ、将棋の始めの一手のように、総士はやっと無難に答えた。
「大切な友人です」
「本当にそれだけかね」
切り返しが早すぎる。ため息をついて、肩の力を抜いた。
「僕に駆け引きをさせるつもりですか」
「いや?ただ知っておきたいだけだ。言いたくなければ強要はしないが」
無論、一騎には言わない、と史彦はグッと顎を引く。
信じない理由はない。ただ、こんなことを言う必要性も感じない。けれど。
「…正直に言えば」
吐き出すような総士の言葉に、史彦が目を上げる。
苦しかった。多分、それだけ。
「早く誰かと結婚してくれればいいと思います。誰でもいい…一騎が安心して過ごせる相手なら」
一刻も早く。手の届かないところに行ってしまえばいい。
「ふむ…それで君は?」
「そんなことまで気が回りません」
「そ、うか」
虚をつかれたような顔をして、しかしすぐ表情を引き締めた史彦が「…いかん」と盤面を覗き込む。
「してやられたのはこちらか」
むう、と唸る史彦を見て、少しだけ溜飲が下がる気がした。
聞かれた時は軽いパニックになったが、答えた言葉はいつも考えていたことだ。
繰り返し、繰り返し何度も。答えを聞かされた史彦より、よほど冷静だった。
「総士くん。どうせこいつは朝まで起きん。うちで朝飯を食ってから帰りなさい」
「…意外と負けず嫌いなんですね」
「意外ではないが、君もな」
健やかに寝息をたてる一騎の横に、気絶するように司令と戦闘指揮官が倒れ込んだのは夜が明ける少し前のことだった。
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